
はじめまして! はあいです。
このページでは、私について書いていきます。
- 京都在住
- 夫と小学生の息子の3人でマンション暮らし
- 人事・労務・総務歴約10年
- 子どもの不登校をきっかけにフルリモートへ
- 人の話を聞くことや整理することが好き
- 仕組化や、デザインすること、制作も好き
- 20歳冠婚葬祭会社で社会人デビュー
芸術系の短期大学を卒業後、社会人として最初に飛び込んだのは、冠婚葬祭会社の本社事務。
この業界へ興味を持ったのは、高校生からバイトしていた大手スーパーのサービスカウンターの経験が大きい。お祝い事、お悔やみ事、人生のライフイベントに興味を持っていた。
ここでは、総務・経理・典礼など、幅広い仕事を経験。退職理由は、家族経営の会社だったことで家庭内のいざこざが本社事務所内で見えてしまったこと。もっと楽しく働きたい!がきっかけとなった。
- 21歳「好き」を仕事にしたくてアパレルへ
洋服が大好きだった私は、「好きなものに囲まれて働きたい。」という気持ちからアパレル販売へ準社員で転職。
接客販売の他、社内研修での学びを店舗でシェアしたり、店舗の移転業務、売り上げ目標・ノルマ達成に向けての施策立案等を経験。
愉快な仲間に恵まれ、接客の楽しさや、お客様一人ひとりに寄り添う面白さを知る。退職理由は、不規則なシフトと長時間労働で、とても楽しかったが体調がついていかなかった。
バセドウ病を発症して治療が始まると同時に、事務職で安定した職業を目指した。 - 23歳「好き」だけでは長く働けず化学工場の人事・労務へ
将来を考え、「長く働ける仕事がしたい」と思い日立グループの企業へ転職。
給与計算、社会保険、勤怠管理など、人事・労務の仕事に出会う。・給与計算ソフト変更に伴う移行業務
・営業部廃止に伴う転属処理
・東日本大震災で工場休業及び一時帰休の対応
・グループ会社合併と移転の事務処理
・給与制度及び社会保険適用事業所の3社統合業務大きなプロジェクトにも携わり、「会社を支える仕事」の面白さを知る。
退職理由は、結婚前の同棲をはじめるためだった。
初めての引っ越し、地元を離れることになった。 - 30歳結婚を前提に京都へ!人生初の学び直し
京都へ引っ越し、新しい土地で仕事を探す中で、職業訓練(建築CAD)を受講。
「興味があることは、年齢に関係なく学び直していい。」
そんな経験が、その後の人生にも大きな影響を与えている。 - 30歳建築業界へ転職し、未経験の連続へ
建築やデザインが好きだった私は、「一度くらい挑戦してみたい。」という思いで未経験の世界へ飛び込んだ。
建築デザイン設計事務所の運営チームでコワーキングスペースの管理やイベント企画、宿泊施設の立ち上げから運営、会社の広報を担当。
人が集まる空間づくり、場づくりに携わったり、地域とつながりのあるコミュニティに入ったりとと、自分自身の世界感、人脈がぐっと広がる。
- 35歳結婚、大切な命と向き合い、そして母になった
入籍後すぐ、流産を経験。
結婚式後に、今の息子を授かり、無事に出産。
その後、祖母が他界するなど、「当たり前はない」と実感した出来事が重なった。小さな命を守る毎日で、仕事への向き合い方や、人生で大切にしたいものも少しずつ変わっていった。
まもなくコロナ禍となり、育休中に世界・暮らし・働き方も大きく変わる時代の中で、
「これからどう生きていきたいのか」を自然に考えるようになる。育休復帰すると、コロナ禍で運営の仕事にも影響が出た。
もともと不規則だったり、休日の出勤もあったので、
5年後にも目を向け、働き方を見直した。ここで、建築デザイン設計設計事務所の退職を決意。
退職理由は、どんな状況下でもブレない職種を軸にしていきたい、という思いから。 - 36歳もう一度、人事・労務・社労士を学び直す
ここでブランクのあった人事・労務管理を専門的に、職業訓練を受講。
通信講座で社会保険労務士の資格勉強もスタート。
これまでの経験を知識をアップデートしてながら、
「もう一度この仕事を極めたい」と思えた時間だった。 - 36歳ついに人事・労務の世界へ!
介護事業の運営会社で修行を積む実は、ずっと憧れていた社労士事務所へ就職した。
…しかし、理想と現実のギャップを感じてわずか2週間で退職。その後、内定辞退をしていた介護施設事業を運営する会社へ改めて連絡し、
労務として転職することになった。入退社が多い介護事業では、入退社手続、給与計算、社保手続き、採用業務、法改正、行政対応など、ほぼ1名で行うことなり、本当に毎日が慌ただしく過ぎていった。
でも、その忙しさの中で確信したことは「やっぱり私は、労務の仕事が好き。」ということ。当時、息子は3歳。保育園へ入園していたので、「バリバリ働く」ができたのだと思っている。
38歳
仕事量や休日と待遇のバランスに悩みが増えていった
査定面談で高評価いただけたものの、思っていた収入につながらず、年収アップとスキルアップのため、ここから本気の転職活動をスタートさせた。ハローワークだけではなく、転職エージェント、転職サイト、派遣などを比較し、休憩時間には外出てカジュアル面談を受ける日々だった。
この頃、衛生管理者の受験資格も取得したので、スクールで勉強をして、無事に合格。
- 39歳好きな業界で得意なことを活かす働き方をゲーム業界で
何社も応募し、辞退も、不採用も経験。
「もう年齢的に難しいのかな」そう思ったこともあった。それでも諦めずに転職活動を続けて出会ったのが、ゲーム会社だった
人事労務リーダーとして入社し、給与計算や社会保険、労務管理だけでなく、メンバーのスキルアップや業務管理も行った。
- 労使協定の締結・改定
- 就業規則の見直し
- 人事・給与システムの統合プロジェクト
- 労務業務の内製化
- 福利厚生制度の導入
会社の仕組みづくりにも携わるようになった。
「人」と「会社」の両方を支える仕事は、本当にやりがいがあり、毎日が刺激的で、ずっと理想だった働き方を実現できた。この頃、産業カウンセラー資格や防火管理者も取得。
40歳
管理部門全体のマネージャーに就任
人事・労務だけでなく、管理部門を統括する立場になった。メンバーが安心して働ける環境づくりや、部署を越えた業務改善、組織づくりに向き合う毎日。
「人が活きる組織とは何だろう。」そんなことを考え続けた期間でもあった。 - 41歳役職を手放し、本当に大切にしたいものを選ぶ
息子の小学校入学後、不登校を経験。
「仕事も家庭も、どちらも大切にしたい。」
そんな想いから、管理職を離れ、働き方を見直す決断をした。アルバイトでフルリモートで働きながら、クラウドソーシングで副業を開始。
- 現在「40代からでも人生は変えられる」を実践中
ブログとnoteをスタートさせるこのブログやライティングをはじめ、AI、Web制作、デザインについても、新しいスキルを学んでる。
40代になって思うのは、人生は一本道じゃないということ。
転職も、子育ても、キャリアも、何度でも選び直せる。
このブログでは、私自身が転職活動をしながら感じたことや、
人事として見てきた採用のリアル、子育てとの両立、働き方について、ありのまま発信している。少しでも、「私も一歩踏み出してみようかな。」
そう思える場所になれたら嬉しい。
